じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 7月17日の岡山は、梅雨前線が南に下がり、時折、真夏の太陽が照りつける1日となった。それでも、梅雨前線の北側にあるため、最高気温は29.3℃どまりで猛暑日にはほど遠い。写真はウォーキングコース沿いの田んぼに映る夏空。


2020年7月17日(金)



【小さな話題】藤井聡太七段の魅力は盤上の物語にあり

 7月16日、藤井聡太七段が、棋聖戦五番勝負第4局で渡辺明三冠に勝ち、3勝1敗で棋聖のタイトルを獲得した。17歳11カ月でタイトルを獲得したことにより、これまでの18歳6カ月の最年少記録が30年ぶりに更新された。

 この藤井vs渡辺戦はabemaで生中継されており、私も終盤に近づいた頃から観戦していた。夕刻に視聴を開始した時点ではAIの評価はまだ互角に近かったが、渡辺三冠は持ち時間を3分、2分、と使い果たし、1分将棋に入るところであった。先日の王位戦第2局でも木村王位のほうが先に持ち時間を使い果たして1分将棋となって▲4二歩という悪手を指してしまった。いっぽう、藤井七段のほうは1分将棋になっても、AIがbestとして推奨する手を指し続ける。
 今後の王位戦、さらには今期に実現する可能性のある竜王戦もそうだが、トップ棋士といえども、藤井七段相手に1分将棋になってしまったのではまず勝ち目は無い。

 6月25日の日記にも書いたが、藤井七段の強さは、将棋を全く知らない人にも分かるように、一般向けには「史上最年少」とか「連勝記録」といった相対比較で報じられている。しかし、これでは、どこがどのように強いのかが全く伝えられていない。

 では、どこが強いのか、ということになるが、ヘボ将棋レベルの私には本当のところは分からない。一般的には、同じ持ち時間の中でも、普通の棋士よりもずっと先まで、また場合を尽くして読んでいるということかと思う。詰将棋が強いことは以前から知られていたが、同時に、自分の玉が詰められない力も抜群である。上述の王位戦第2局でも、「千駄ヶ谷の受け師」と呼ばれる木村王位の攻めを凌いだ。今回の棋聖戦第4局も、最終版で渡辺三冠が藤井玉を猛追し、玉の逃げ方次第、あるいは、守りの駒の種類を打ち間違えれば頓死というきわどい局面が続いたが、最後まで逃げ切り、「藤井玉は詰め無し、渡辺玉は必至」という形で渡辺三冠の投了に至った。

 棋聖戦終了直後のインタビューで、藤井七段は、最年少で棋聖のタイトルを獲得したことについては「まだ実感がないのですけれども、とてもうれしく思っています。タイトルホルダーとしてしっかりした将棋をお見せしていかなければならないと思います」とか、「最年少記録、自分としては意識するところはなかった。獲得できたことはうれしい結果です」と語っておられたという。あくまで私の勝手な解釈だが、藤井七段にとっては「最年少」とか「タイトル獲得」、あるいは「連勝」といった記録は、大した価値は持たないのかもしれない。
 いっぽう、AIとの共存に関連した質問に対して「今の時代においても、将棋界の盤上の物語の価値は不変だし、自分としてもそういう価値を伝えていけたらと思う」というように答えておられたが、私はまさにこの「盤上の物語」づくりこそが将棋の最大の魅力ではないかと思う。6月25日の日記にも書いたように、「最年少」とか「タイトル獲得」、あるいは「連勝」といった記録はしょせん相対評価に過ぎない。仮に将棋人気が衰退し、プロ棋士がみな50歳以上になってしまったとする。そういう中でたまたま小学生の天才が現れれば、最年少で全体トルを獲得し100連勝するかもしれないが、その天才少年(少女)と今の藤井七段のどちらが強いかと議論しても、殆ど無意味ということになる。また、いずれAIがさらに進歩して、プロ棋士がどう頑張っても勝てず、そのうちに必勝手順が発見されるということも無いとは言えない。しかしどういう時代にあっても、「盤上の物語」の価値は不変であり、将棋愛好家の間で語り継がれることには変わりない。

 また「盤上の物語[]」は棋譜ならべだけで語られるものではない。先日の王位戦第2局では、終盤、木村王位はハンカチを口に当てて、泣き顔にも見えるような真剣な形相で詰み筋を読もうとしておられた。解説者によると、木村王位がハンカチを加えるのは、食いしばり過ぎて歯や歯ぐきを痛めないためであるというからこれまたスゴい。

7月24日追記] 7月21日のスポニチインタビュー(聞き手・北野新太氏)で、北野氏が「「盤上の物語」とは、どのようなことを示しているのか、もう少し教えて下さい。また「普遍」ではなく「不変」でよろしいのでしょうか…。どっちも正解なような気もしまして」と尋ねたのに対し、藤井七段は「ハイ。『変わらない』の方です。(物語とは)指し手だけではなく、思考のつながりを含めて盤上のことを見ていただきたいという思いからです」と答えていた。相手が悪手を指してしまうと、せっかく考えた数手先の絶妙手が棋譜に残らなくなる。相手が最善手を指した場合に想定されるような手の広がりもまた「思考のつながり」として「盤上の物語」に含まれるのであろう。


 ま、そうやって見ていくと、これからの藤井将棋の魅力は、タイトル独占とか連勝記録にあるのではなく、魅力的な「盤上の物語」がいかに創作されるのかにかかっているようにも思える。しかし、将棋は一人ではできない(←詰将棋問題づくりなら別だが)。より価値の高い物語は、強い相手があってこそ初めて可能となる。相手が見落としで頓死したり二歩などの反則で負けてしまったのでは物語は台無しになってしまう。そういう意味でも、プロ棋士各位におかれては、藤井七段に負けてばかりであったとしても、可能な限り好手を連発し、その中で藤井七段の絶妙の手を引き出せるように対局してもらいたいと思う。