じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 数年前に郊外の野菜直売所でポット苗で購入したものの、種名のラベルはなく、店の人に尋ねても、野菜苗なのか観葉植物なのかさえ分からなかったが、最近、某お尋ね掲示板で「七宝樹錦」というセネシオ属の多肉植物であることを教えてもらった。屋外に出しっぱなしにしていたが、暖冬ということもあってそのまま冬越しできた。

2020年4月30日(木)



【小さな話題】「ステイホーム」と、ダメダメ人間同士の夫婦の生活

 各種報道によると、各国で実施されているロック・ダウン(都市封鎖)のもとで、家庭内暴力(DV)が増えているという。DVにはいくつかのタイプがあるがここでは配偶者間暴力に関係して、夫婦のあり方について考えてみることにしたい。なお、以下は、結婚生活を何年も続けていてあまりうまくいっていない人たちを対象としている。未婚の人や、特定の価値観に基づいて非婚という選択をしている人を批判するものではない点をお断りしておく。

 そもそも夫婦というのは、親子関係と違って、遺伝子型の全く異なる2人が、双方の合意のもとに共同生活を始めるものである。恋愛か見合いか、その他、職種や趣味、子どもの有無などによってもいろいろな違いはあるだろうが、とにかく、一緒に住みたいという気持ちが無ければ結婚生活は始まらない。しかし、それはあくまでハネムーンと言われる初期の段階に過ぎず、その後の長期間の共同生活は、日々の努力なしには持続できないところがある。

 では、どうすれば銀婚式、金婚式を祝えるような良好な関係を持続できるのか。よく言われるのは、お互いに相手を尊敬し、相手の良いところを称え合うというものであるが、これはなかなかうまく行かない。そもそも、人は誰でも多くの欠点があり、完璧な人というのは、まずあり得ない。また、傍から見れば非の打ち所がないように見える「理想的」なカップルであってもちょっとしたことが原因で離婚してしまうことがある。

 であるならば、どうにかこうにかして相手の長所を探すということよりも、自分も相手も欠陥だらけの人間であるということを自覚したほうが事はスムーズに進む。

 そのためにはまず、自分自身を徹底的にこき下ろすことだ。自分のいろいろな欠点、弱点を並べてみると、こんな自分はまっとうな結婚生活などできるはずはない。決して非婚志向ではないのだが、相手が見つかるわけがないという考えに至る。

 ところが、現実には目の前に配偶者がいる。おかげで、世間並みの新婚生活や、子育てを体験することができた。これはすべて、自分を拾ってくれた配偶者がいたからに他ならない。であるならば、現状ではいろいろな不一致や衝突があるにせよ、自分を拾ってくれたという一点において相手に感謝しなければならない。相手の良いところを評価するかどうかではなく、この感謝の気持ちこそが夫婦の絆の根底になければならないのである。

 次に、自分自身が欠点だらけのダメダメ人間であるとすると、なぜ相手は自分を配偶者に選んでくれたのだろうかと考える。もし相手が理想的で完全無欠で崇高な存在であったとすると、こんな自分を選んでくれるはずが無い。ということは、相手もまた自分と同じくらい欠点だらけでダメダメ人間であって当然。そこから、お互いの欠点を補うという方向でより建設的な共同生活が始まるはずだ。

 ということで、相手のもつさまざまな欠点は、簡単に直せるならそれでもよいが、直せなかったとしてもそれが当然、それを補うのが自分の役割であると考える。ま、実際、完全無欠な人が居たとしたら、わざわざ共同生活をする必要はないだろう。自分を補ってくれる人、同時に、自分が補ってあげることを必要とする人がいるから結婚生活が成り立つのである。

 最後に、個人の人生ばかりでなく、夫婦の生活についても終活は重要である。どちらが先に死ぬのかは全く分からないが、もちろん、先に亡くなる人のためには手厚い介護が望まれるが、亡くなる側の人も、一人だけ残される相手のために配慮しなければなるまい。