じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 ↓で西遊記のドラマの話題を取り上げたが、じつは私は、西遊記の小説をちゃんと読んだことが無い。子どもの頃に読んだ絵本の「孫悟空」(講談社)と、『世界童話文学全集』の中の中国童話集【写真】に収録されていた西遊記のみであった。『世界童話文学全集』は10冊ほど買ってもらって何度も繰り返し読んだ。今でも書棚に保管してある。

2020年1月23日(木)



【小さな話題】西遊記と玄奘三蔵/「ガンダーラ」の歌詞の謎

 1月16日の日記で、西遊記 (1978年のテレビドラマ)の話題を取り上げた。テレビせとうちではその後も放送が続いており、1月22日の時点で第13話、パート1全26話のうちのちょうど半分に達した。
 このドラマは1話完結型であるため、1回分見逃してもどうということはない。1月16日にも述べたが、お供と一緒に旅を続けて、旅先で遭遇した悪を懲らしめ、苦しめられている人々を助けるというような筋書きは水戸黄門に似ているところもある。もっとも、孫悟空、猪八戒、沙悟浄は、水戸黄門の助さん格さんのように従順ではない。その掛け合いも魅力になっている。
 なお1話完結型と書いたが、第1話から第3話までの部分は、三蔵法師の生い立ちや旅に出ることになった経緯、さらに悟空、八戒、悟浄がそれぞれお供をすることになったストーリーが、比較的原話に忠実に描かれており、しっかり視ておいたほうがよいと思われる。

 ところで、1月14日にNHK-BSで、

ザ・プロファイラー「玄奘三蔵 史上最強の僧侶」

という放送があった。西遊記に出てくる三蔵法師は、か弱くいつも悟空たちに助けてもらう人物として描かれているが、およそ1400年前に実在した玄奘三蔵は、身長2m近い大男で、往復6万キロの旅を敢行した世界一タフな僧侶であったという。また、さまざまな言語を習得し、旅先では弁論大会で他宗派の僧侶を論破したり、国王を仏教に改宗させたり、インドの大学でトップになるなど、語学力や説得力に長けていたという。さらに、唐に帰国後には、個人ではなく国家事業として翻訳を実現させるなど、政治的な能力にも長けていたようである。

 このほか、三蔵法師というのは名前ではなく仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶(法師)であり、玄奘三蔵は数ある三蔵法師のうちのひとりであることも知っておく必要がある。

 さて、元のドラマに戻るが、エンディングテーマの「ガンダーラの歌詞には、

●They say it was in India.

という英語があるが、1月16日に述べたように、初めてこれを耳にした時には「ゲーセーエテイーデア」のように聞こえて何かのおまじないかと思っていた。その後、上記のような英語であると教えてもらった次第だが、ここでいう「it」とは、Gandharaという地名のことであり、

●それはインドにあったと言われている(=Gandharaという国は広義のインド地方に存在していた)

という意味であるとずっと思っていた。

 ところが今回のドラマ再放送をきっかけに歌詞を確認したところ、英語部分では、
In Gandhara, Gandhara
They say it was in India
というように、Gandharaの前に「In」がついていることに気づいた。となると、どうやら「it」はGandharaという地名ではなく何か別の事象であり、それがGandharaにあったという意味のとれる。もしくは、Gandharaが地名以外に何か大切なことを象徴しているという意味にもとれる。いずれにしても、「Gandhara,Gandhara」ではなく「In Gandhara, Gandhara」というようにInをつけなければならない理由がイマイチわからない【ちなみに繰り返しの時には「In」はついていない】。また、「They say it is in India」ではなく「They say it was in India」と過去形になっているということは、今は世界中どこにもないという意味であり、旅をしても行き着くことは不可能ではないかという疑問も出てくる。

 ネットで検索したところこちらに歌詞についての詳しい解説があった。元の英文の歌詞などを見ると、Gandharaは旅行先の地名ではなく、個々人が修行を重ねることで到達できるかもしれない一種の心境のようなものと解釈できるような気もしてきた。

 歌詞の場合は論理的な整合性よりも音の響きが重視されるとは思うが、「In」にそのような効用があるようにも思えない。私が死ぬまでにはぜひとも解明しておきたい謎である。