じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 台風18号から変わった温帯低気圧の影響で、岡山では、10月3日の夕刻、短時間ながら虹が出現した。


2019年10月3日(木)



【小さな話題】
行くぞ!最果て!秘境×鉄道「疾走!シルクロード」

 NHK-BSプレミアムで10月2日に放送された。こちらの記録によれば、初回放送は2018年7月14日であったようだ。

 番組では、ウズベキスタンのサマルカンドから出発し、鉄道で10本の列車を乗り継いで、カザフスタン、そしてキルギスに向かい、イシククル西端にあるバルチク駅に到達するという内容であった。
 このエリアは私のお気に入りの旅行先であり、旧ソ連時代の1982年には今回の番組と同じ線路を通ってブハラからタシケントまで移動したこともあった【こちらに写真あり。】 また、キルギスには2011年2018年に旅行。さらに、今年の6月には、ドーハから帰国する際に、今回の紹介されたエリアを機上から眺める機会があった【こちらに写真あり。】

 番組で紹介されたエリアは比較的治安がよく、一般人でも鉄道利用による観光が可能な地域であると思うが、私の知る限りでは同じルートを通るパッケージツアーは募集されていないようだ。もっとも、車窓からの景色といっても草原や荒野が続くだけでそれほどの絶景は期待できない。どうせ廻るなら専用バスのほうが便利という事情もあるのかもしれない。

 番組では言及されていなかったが、旧ソ連崩壊後、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスはそれぞれ違う方向を進んでいる。その違いを反映していると思われる1つが、ロシア語の使われ方である。
  • ウズベキスタンは公用語はウズベク語のみであり、キリル文字からラテン文字への移行が進みつつある。今回の番組でも、サマルカンドの駅はラテン文字で「SAMARQAND」、駅は「VOKZAL」と表示されていた。また、私自身が旅行した時は、タシケントの広場にあったレーニン像は撤去され、博物館には旧ソ連時代の宗教弾圧を伝える資料も展示されていた【こちらに関連資料あり。】
  • カザフスタンは憲法ではカザフ語が国家語、公用語はカザフ語とロシア語が公用語になっているが、ソ連時代にもっぱらロシア語が使われていたことからその影響力は今なお大きい。
     番組でもカザフスタン入国後の最初の駅、サリアガシュでは禁煙表示が「Не курить!」とロシア語表示されていた。
  • キルギスはロシア語が公用語、キルギス語が国家語とされているという。他の2か国に比べて旧ソ連時代の名残が多く残っており、私自身が訪れた時、首都ビシュケクにはレーニン像が残っていたほか、レーニンの肖像画を貼っていたレストランもあった。
     このほか、番組では、鉄道の時刻表が現地時間ではなくモスクワ時間で表示されているというのも驚きの情報があった。
     あくまで私個人の想像だが、キルギスは経済的にも軍事的にも他2か国よりは弱い立場にあり、独立国として成り立った過程では旧ソ連の影響力が大きかったものと思われる。現時点でもウズベキスタンやタジキスタンとの間では今なお国境未確定問題を抱えており、ロシアの影響力を必要としているように思われる。

 今回の番組ではウズベキスタン→カザフスタン→キルギスという順で鉄路で国境を通過していた。私自身は、カザフスタンとキルギスの国境を3回通過したことがあるが、特に、山間部の国境を通過した時などはきわめてのんびりとしており、両国の兵士のあいだで歓談する様子も見られた。また、そもそも南イニルチェク氷河ベースキャンプに向かうヘリコプターはカザフスタンのヘリであり、国境の小さな川を越えてキルギス側に着陸して乗客を運ぶ態勢になっていた。カザフスタンとキルギスの間では国境問題は存在せず、両国間の関係は良好であるように見えた。

 ウズベキスタンからカザフスタンへの国境越えは経験がないので分からない。日本人観光客の大半は、ウズベキスタン観光ではタシケント、カザフスタン観光ではアルマティを経由するため、ウズベキスタンからカザフスタンに向かう人は殆どいないように思う【シルクロード走破のツアーであれば、カザフスタンからウズベキスタンに向かうだろうが】。いっぽう、ウズベキスタンとキルギスのあいだは、上記の国境未確定問題などもあり、通過は難しいのではないかと思う。

 ま、何はともあれ、鉄道による移動という点では新鮮な内容を含む番組ではあったが、いずれの国もその気になれば気軽に旅行できる地域であり、テレビ番組のネタになるような特異な絶景や慣習はなかなか見つからないようにも思える。また番組では、偶然にしては少々不自然な「出会い」があり、おそらく事前に周到に打合せを行った上での演出であった可能性がある。