じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 2010年1月から始めたTwitterのツイート回数が4月5日夕刻に1万回を超えた。
 プロフィールに記したとおり、私はTwitterで固有の発言をすることは一切せず、もっぱら、この日記の更新報告【楽天版じぶん更新日記4トラベル旅行記・クチコミは投稿直後にSNS連携機能により自動的に更新報告される】のみをツイートしてきた。
 もっともここ数年は、フォローさせていただいている行動分析学関連、将棋、禁煙支援などの記事で興味深いものがあった時は、備忘録代わりにリツイートしており、どうやらその回数も加算されているようである。
 なお、2019年4月時点でのヘッダー画像はソン・クル湖畔、プロフィール画像はポベーダ【いずれもキルギスで撮影】となっている。


2019年4月5日(金)



【小さな話題】飼い猫は自分の名前を聞き分けられるか?

 4月6日(土)06時からの「NHKおはよう日本」で、

●飼い猫は自分の名前とほかの単語を聞き分けている

という話題を紹介していた。ネコが自分の名前を聞いた時に特異な反応をするという上智大学などのグループの研究が英科学雑誌(SCIENTIFIC REPORTS)に掲載されたというものであった。さっそくテレビ画面をもとに出典を検索したところ、当該の論文は、

Domestic cats (Felis catus) discriminate their names from other words.

というタイトルであり、著者は、

Atsuko Saito, Kazutaka Shinozuka, Yuki Ito & Toshikazu Hasegawa

であり、お名前を存じ上げている方が含まれていることが分かった。特命教授として今年度担当予定の「言語行動論」の中でも引用させていただこうかと思う。

 論文自体は査読を経て一流雑誌に掲載されたものであり、御著者にも権威ある方が含まれていることから学術的価値の高いものと思われるが【今朝聞いたばかりなので、論文はまだ拝読していない】、テレビで伝え聞いた範囲では、えっ、そんなに凄い発見なの?という率直な感想を持たざるを得なかった。

 番組で紹介された実験は、
  • 飼い猫に対して、それぞれの飼い主が、発音・アクセントが名前と同じ4つの単語を発声する。
  • 最後に飼い猫の名前を呼び、他の単語が発せられた時との反応の違いを観察する。
となっていた。具体例としては「さくらんぼ」、「あるばいと」、「こかこーら」、「ばいおりん」と発声し、最後に「ねぎぼーい」(このネコの名前)と発声する。このネコは、最初の単語「さくらんぼ」には反応するが、2番目、3番目、4番目になるにつれてそれらを無視するようになる。しかし最後に自分の名前「ねぎぼーい」という声を聞くと急に視線を向けて、立ち上がって歩き出したという。

 実験では11匹のネコのうち9匹は、上記と同じように名前以外の呼びかけには徐々に反応しなくなるが、最後に自分の名前を呼ばれた時には大きく反応することが観察された、とのことであった。

 こうしたことから、この論文では「ネコが自分の名前とほかの単語を聞き分けている(discriminate)」と結論づけている。但し、「自分の名前」という音刺激は、餌を貰う、撫でられたりするといった行為と結びつけているとみられ、名前という概念を理解しているかどうかまでは分からない、と紹介された。上智大学のS准教授は「ネコがヒトとのコミュニケーション能力をどう獲得したのか知る糸口になる」と話しておられるという。




 以上が番組で紹介された内容であるが、確かに、ネコの研究は、ラット、ハト、イヌなどを対象とした研究に比べると遙かに少ない。とはいえ、ネコでもオペラント条件づけや弁別訓練はもちろん可能であり、また民放の動物珍百景やネット上では、飼い主が帰宅した時の音を聞いたネコが玄関まで迎えに出る(飼い主以外が帰宅した時の音には反応しない)といった動画が紹介されたこともあったと記憶している。

 番組の中でも「但し」と断っていたように、この実験で明らかになったのは唯一、ネコは、餌や撫でられることを予告するような弁別刺激に対して特異的な反応をする、という点である。日常生活場面では、そのネコの名前を呼ぶことがそうした弁別刺激になっていたから反応が起こっただけのことである。ブザーでも、扉を開ける音でも、それらが餌を貰ったり撫でられる直前に呈示されていたのであれば、名前を呼ばれて反応するのと同じ結果になったはずである。となると、NHKのトップニュースの1つとして取り上げられるほどの画期的な発見であるかどうかは疑わしくなる。




 ここで改めて「自分の名前を聞き分ける」とはどういうことかを考えてみる。そもそも、何をもって「自分の」が確認されるのかという点である。

 例えば、
  • 「ポチ」、「ジョン」、「シロ」、「クロ」という名前の4匹のイヌに「スタート」という号令をかけて競争をさせたとする。【ネコでもそういう訓練ができるかどうか知らないので、ここでは確実に訓練可能と思われるイヌを取り上げた】
  • イヌであれば、ちょっと訓練するだけで、「スタート」という号令とともに一斉にスタートするようになるだろう。
  • 次に、「ポチ、スタート」という号令をかけた時にはポチのみがスタート、他の3匹はじっと待機するように訓練する。
  • さらに、「ジョン、スタート」、「シロ、スタート」、「クロ、スタート」というように順番に訓練する。
 以上の各種訓練の結果、それぞれのイヌは、それぞれ自分の名前が呼ばれた時だけスタートし、それ以外の時は待機するようになるだろう。これは形式的には「自分の名前を聞き分けている」ことになるだろうが、行動分析学の立場から言えば、単に、
  • ポチにとっては、「ポチ、スタート」という音声全体が、走り出す時の弁別刺激(S)、それ以外の「ジョン、スタート」、「シロ、スタート」、「クロ、スタート」はSΔとして機能している。
  • 同じく、ジョン、シロ、クロそれぞれにおいても、「自分の名前+スタート」のみがSとして機能した。
というだけであって、「自分の名前」にはそれ以上の意味はない。それぞれのイヌに別々の訓練をしているから、違う反応が起こり、あたかも「自分の名前」だけに特異的に反応したように見えるだけのことである。

 別の例で言えば、スタートの号令を、ポチには日本語で、ジョンには英語で、シロには中国語で、クロにはロシア語で訓練したとする。それぞれのイヌは自分の教わった言語で号令をかけた時のみスタートするであろう。これは自分の名前を呼ばれた時の特異的な反応と何ら変わらない。

 では本当の意味で「自分の名前を聞き分ける」とはどういうことなのか。
  • 発達の初期段階では、「○○ちゃん」と自分の名前を呼ばれることが、聞き手に密接に関係した文脈の呈示になっているように思われる。例えば、5人の幼児が並んでいる時に「Aちゃんにはチョコレート、Bちゃんにはキャンディ、Cちゃんにはおせんべい、Dちゃんにはガム、Eちゃんにはクッキーをプレゼントします」と言われたとする。Cちゃんにとっては、「Cちゃんには」と言われることが自分に関わりのある文脈の呈示となり、そのあとの「おせんべい」は「おせんべいを貰える」という弁別刺激として機能するのである。
  • 言葉の習得が進んだ段階では、自分と他者を区別するという視点取得(perspectibe taking)が確立する。真の意味での「自分の名前を聞き分ける」とは、この段階で可能になる行動のことを言うのではないかと思われる。