じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 岡大の合格者発表掲示板の前に、よく晴れた日の朝、「光の道」が出現。初めはコンクリートブロックにつけられたタイヤの跡かと思ったが、曇りの日には出現せず、また手をかざしたりして影をつくると消失することなどから、朝日を浴びた掲示板の反射の光であることが確認できた。3月8日掲載の写真(右の写真)でもちゃんと「光の道」が出現していた。


2019年3月17日(日)



【連載】チコちゃんに叱られる!「宇宙人からメッセージを受け取ったらどうする?」ほか

 昨日に続いて、3月15日放送のNHK 「チコちゃんに叱られる!」の感想。

 この回は、昨日取り上げた「なぜ、自転車に左から乗る?」のほか、
  1. なぜ、甲子園はツタでおおわれている?
  2. もし、宇宙人からメッセージを受け取ったらどうする?
  3. なぜプリンにカラメルが入っている?
という話題が取り上げられていたが、私個人としてはあまり興味の持てるネタではなかった。

 1.の建物の外壁にツタを絡ませるというのは歌謡曲の歌詞にもあるし、私の住む岡山にはアイビースクウェアもある。

 3.は「蒸す段階で凝固していたカラメルソースが溶け、それを冷やしても再凝固しないため、型の底にカスタードが貼り付かず取り出しやすくなる」というのが解答であったが、ま、この程度の理由であれば私でも思いつく。

 残る2.の「宇宙人からメッセージを受け取ったらどうする?」ネタは、以前、別の番組で視たことがあった。【又吉直樹のヘウレーカ!「星空の向こうに出会いはありますか?」だったと思うが、コズミックフロントだったかもしれない。】

 この正解は「国際機関の助言や同意を求めることなく応答してはいけない」であり、理由は、個人が勝手に返事をしてしまうと、それが地球全体の意思であると誤解される恐れがあるからというような内容であった。

 もっとも、これは電波望遠鏡で地球外生命の存在を探索している研究者向けのルールであるようだ。殆どの研究者は地球以外の天体にも何らかの生命が存在していると考えているが、そのことと、UFOやエイリアンを信じることとは全く別問題である。遠い宇宙からやってくる電波が純粋な物理現象によるものか、それとも何らかのメッセージを含む信号であるのかというのはきわめて興味深い問題であるが、仮に、それが知的生命体によって発せられたものであるからといって、その生命体がわざわざ危険をおかしてまで地球にやってくる必然性はあるまい。

 ある程度レベルの高い生命体であれば、自ら乗船して宇宙船で旅をするかどうかは、コスト、メリット、リスクなどを総合的に斟酌した上で決定することになるだろうが、遠い宇宙から危険をおかしてわざわざ地球までやってくるほど地球に魅力があるとは思えない。仮に自分たちの住んでいる惑星が消滅の危機に遭遇したとしても、地球に移住できる技術力を持ったような宇宙人であれば、もっと別の形、例えば持続可能な循環型環境をもった大型宇宙船だけで生活するはずである。もしそうではなくて、どうしても地球を訪れて何かを手に入れなければ困るような事情をもった知的生命体があったとしたら、地球人が征服されるのは確実。宇宙人との交流は、フィクションの世界だけにとどめたいものである。

 私は個人的には宇宙人よりも宇宙全体の構造のほうに興味を持っている。かつては宇宙はビッグバン以降爆発的に膨張しておりいずれ広がりすぎてエネルギーゼロとなって不活発状態になって終わり、というような素朴な「宇宙観」を持っていたが、コズミックフロントやらサイエンスzeroなどを視聴していると、泡構造やらラニアケア超銀河団といった話題が出てきて、何がなにやら分からなくなってしまった。1つ言えるのは、宇宙というのは常に動いており、しかも遠くにある天体は「過去の天体」として見えているため、何を前提とするかという視点なしには構造そのものを把握することはできないという点である。またそれが何らかの数式で表現されたとしても、人間の日常空間の現象と全く異質のものであったとすると、アナロジーやメタファーの助けを借りて直観的に把握することは困難。「これが宇宙です」と何らかの数式群を見せられても、メタファーが困難であればおそらく感動しない。ああそうですか、それがどうしたというのですか、だけに終わってしまいそうな気もする。