じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 ネズミを被験体とした迷路学習の仮想の実験図。図は迷路を上から眺めたもので、左下がスタート、右上がゴール、青い線は迷路の壁を表している。左下のスタート地点に運ばれたネズミは、緑色のような経路をたどればゴールのケーキにありつくことができる仕掛けになっている。↓の記事ご参照。


2018年12月6日(木)



【小さな話題】

ゴリラは「ずる」をしていない

 12月6日(木)の午前11時のNHK定時ニュースの中で、「“ずる”を覚えたゴリラ」という話題が取り上げられていた。しかしながら、このニュースが伝えた「“ずる”」は、カッコ付きとはいえ、動物行動を正しく捉えているとは言い難い。また、「『ずる』をして問題解決をするのは初めて」とか「素晴らしい問題解決能力を持っている」という表現も大げさすぎる。同じような行動だったらネズミでもできる。このことは1930年代からすでに知られているし、行動の原理で簡単に説明できることであって何ら目新しいものではない。心理学の実験でゴリラを使うことは稀であるゆえ、「ゴリラでもネズミと同じことができた」と捉えるなら「発見」であるかもしれないが、少なくとも「素晴らしい問題解決能力を持っている」という証拠にはならない。

 ネットで検索したところ、こちらに放送とほぼ同じ内容の記事があった。あとで議論する際に不可欠なのでほぼ全文を引用させていただく。
イギリス南西部のブリストルにある動物園では、ことし初め、ゴリラの飼育部屋の壁に複雑なゲームが取り付けられ、今ではゴリラたちの間で大人気となっています。

ゲームは、ピーナツを棒で操作して曲がりくねったコースに入れ、上から下へと転がす仕組みです。最後まで転がすことに成功すると、そのピーナツが落ちてきて、食べられるというわけで、棒の操作がうまくいかずにイライラしたゴリラに壊されないよう、とても頑丈に作られています。

動物園の研究者によりますと、一部のゴリラは、ゲームの途中で行き詰まり、ピーナツにありつけそうにないと判断すると、棒を入れるための穴に口を近づけ、そこからピーナツを吸い出すという「ずる」をしている様子が確認されたということです。

研究者は、「ゴリラが『ずる』をして問題を解決する様子が観察されたのは初めてでないか」と説明したうえで「ゴリラがいかに柔軟な問題解決法を編み出せるかを示すものだ」と感心しています。
 ニュース源はどこにあるのかと思い「ゴリラ ずる」で検索したところ、前日12月5日のYahooニュースの記事(12月5日13時42分配信)にも同じ内容があり、発信元はロイターであることが分かった。【関連映像がこちらにあった。】Yahoo掲載の記事のほうは、以下のようになっていた【一部略】。
 [ブリストル(英国) 4日 ロイター] - 英ブリストル大学とブリストル動物学会のゴリラ実験プロジェクトで開発されたゲーム装置で、動物園ブリストル・ズー・ガーデンズのゴリラが「ずる」をする行動が確認された。

 この装置は壁に取り付けられたもので、障害物をクリアして棒で穴をつつくと中のピーナツが動いて装置の下部に落ち、外にこぼれ出る仕掛け。

 ズー・ガーデンズのフェイ・クラーク博士はロイターに、「われわれが本来想定した装置の使い方と異なり、唇をつけてピーナツを吸い取る『ずる』の行動が多数見られる。これは、ゴリラたちがきわめて柔軟で、餌に到達する新しい解決策を見つける能力を持つことを示している。ゴリラたちは、おそらくこれまでに目撃されたことのない、素晴らしい問題解決能力を持っている」と述べた。
 記事を拝見しただけでは装置の詳しい仕組みはよく分からなかったが、要するに、ゲーム装置を使ってゴリラにパズルをさせようとしたところ、うまくできなかった一部のゴリラが、想定した方法とは違うやり方でピーナッツを獲得してしまったという話のようであった。

 しかし、この行動は決して「ずる」ではない。そもそも「パズルを解いたらピーナッツを与える」というのは人間(実験者)が勝手に決めたルールであって、それに従うか従わないかはゴリラの勝手である。ルールに従うよりもっと効率的で楽な方法があれば、そちらを選ぶのは当然のことであるが、その行為を人間が勝手に「ずる」と呼んでいるだけのことである。

 このことは上の迷路の図を見ていただければはっきりするだろう。この図は、迷路を上から眺めたもので、左下がスタート、右上がゴール、青い線は迷路の壁を表している。左下のスタート地点に運ばれたネズミは、緑色のような経路をたどればゴールのケーキにありつくことができる仕掛けになっている。

 ところが、うまくゴールにたどり着けないネズミが、ある時、迷路の外の壁に沿って赤線のように進んでケーキを獲得したとする。人間から見ればこれは想定外のルール違反なので「ネズミはズルをした」と言う。これは今回のゴリラのケースと全く同じである。しかし本当はそれは人間の勝手な言い分なのであって、ネズミはより短い効率的なルートとして壁の外を回っただけなのである。

 別の例として、スキナー箱に入れられたネズミに、「レバーを1回押したら餌が出る」というオペラント条件づけを行ったとしよう。それが充分に遂行できるようになったら、今度は「レバーを100回押したら」というようにレバー押しのノルマを増やす。このように突然、急激にノルマを増やしてしまうと、ネズミはおそらく途中でレバー押しを止めて、餌皿の周りでいろいろと別な行動を始めるようになる。そのさい、たまたま、実験箱に隙間があって給餌装置がその奥にあったとしたら、ネズミは実験箱の隙間をカジって給餌装置の中の餌を勝手に取り出そうとするかもしれない。これも人間から見れば「ずるをした」行動になるだろうが、ネズミとしては、より効率的な餌の獲得手段を行使しただけのことである。

 ちなみに、ある行動が何回やってもうまくいかない時、その行動は「消去」される。しかし、ネズミも、そして今回のゴリラも、あっさりと行動を止めてしまうわけではない。おそらく、もともと訓練された行動とは異なる行動をとったり暴れまくったりする。これを「消去バースト」という【こちらの教科書3.4.2.ご参照。】。消去バーストは「簡単には諦めない」という点で適応的であり、今回のゴリラのケースでも、パズルを解く行動がうまくできなくなった個体において生じていた可能性がある。「唇をつけてピーナツを吸い取る」程度の行動はもともとゴリラの行動レパートリーに含まれており、記事に記されているような「餌に到達する新しい解決策を見つける能力」とか「これまでに目撃されたことのない、素晴らしい問題解決能力」と言えるほど高度な行動とは言い難く、むしろ、バーストの一環として生じた「吸い取る」という行動がたまたま上手くいって、強化されていったと考えるべきであろう。

 いずれにせよ、動物の諸行動を、「ずる」とか「正直」といった人間の価値基準で評価することは根本的に間違っている。「洞察」についても安易に説明に使うべきではない(こちらに関連論文あり。) 「動物は他個体を騙すことができるか」とか「動物はウソをつくことができるか」とかいった問題も、形式的に判断するのではなく[]、「騙す」とか「ウソをつく」を機能的にちゃんと定義した上で、行動が起こるしくみを明らかにしなければならない。
]形式的な類似性だけで言うなら、擬態も捕食生物を騙していることになるが、このことと人間の「騙す」行動とは全く別。