じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 11月21日の夕方、美しい筋雲が見られた。写真左は黒正先生像、写真右はアメリカフウのシルエット。

2017年11月21日(火)


【思ったこと】
171121(火)五木寛之『孤独のすすめ』(12)高齢者の3本柱の自立と相互扶助

 11月20日の続き。

 第4章では続いて「高齢者の経済的自立」の必要性が説かれている。このことについては私も同感である。昨日も述べたが、私が受け取れるはずの年金は、光熱費、介護保険、国民健康保険、固定資産税やマンション管理費、自家用車の維持費&任意保険などの支払いでかなりの額が差し引かれてしまう。1日1000円(夫婦で2000円)の食費で、繕った古着を着ながら、電化製品はできるだけ買い換えを先延ばしする形で細々と生きながらえるなら何とかなるかもしれないが、夫婦のどちらかが病気になったり要介護になったりすればそれでは補えなくなる。

 本書ではさらに、医療制度に過度に依存しない生活が推奨されている。といってもアンチエイジングにお金をかけるのではなく、自然に寄り添うナチュラルエイジングが大切。そもそも病院というのは、病気になってしまってからお世話になるところであって、どうすれば病気にかからずに過ごせるのかということについては何も処方してくれない。健康寿命延伸のための努力は自分自身で切り開いていくほかはない。そのさい、健康食品などの過剰な宣伝に惑わされないことも大切。

 本書ではもう1つ、死生観の確立が説かれている。本書では、やはり宗教の力が必要と説いているが、私自身は最期まで、無宗教に徹することになるだろう。

 以上のような「高齢者の自立」、「強い高齢者」については異存は無いのだが、そのあとの、
  • 他者への慈しみを、同じ老人階級の中で生かす「相互扶助」の思想
  • 例えば一定以上の収入がある人は、年金を辞退する、公的介助なども受けないことにより、限られたパイを同世代の間で分け合うような仕組みをつくる
  • 老人階級の間で恵まれない人への寄付や援助も非課税にするべきではないのか。身よりのない高齢者向けの老人施設を建てる。NPOなどを通じて資金を提供する。そうして老人階級の仲間を助けた個人は、大々的にメディアで報道する。
というご提案については、イマイチ納得できないところがある。五木さんご自身がご提案内容に添った行動を示していただければ賛同者も増えるとは思うが。

 そもそも、「相互扶助」というのはお金の移動ではない。人的サービス、つまり、自分の生活時間の一部を他者へのサービスのために提供するというのが扶助の根本である。このWeb日記で何度も書いているが、お金というのは他者に働いてもらうツールであって、それ以上でもそれ以下でもない。高齢者間、あるいは高齢者と若者との互助互酬に関しては地域通貨の活用が提唱されたこともあったが、残念ながら長期間にわたる持続的な成功事例はあまり聞かない。ベーシックインカムという考えもあるが、けっきょく財源の問題を考えていくと、誰がどれだけの時間を他者へのサービスとして提供するかという人的な問題に帰着する。お金だけばらまいても、働いてくれる人が居なければ人件費は高騰、それによって物価全体も高騰し、10倍の物価の中で10倍の収入、100倍の物価の中で100倍の収入で暮らすだけのことになり、貯蓄分が吐き出される以外、改善されることは何もないだろう。


次回に続く。