じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 2017年10月のウォーキング総括と脳年齢チェック。  2017年10月は、総歩数37万5284歩、1日あたり平均1万2106歩となり基準の1万2000歩をかろうじて上回った。 上のグラフはいつもの通り、毎日の歩数を少ない順に左から並べたもの。左端の落ち込みは、その月に何らかの事情で歩数が少なかった日があることを示す。右端はその月に最も多く歩いた日の歩数。グラフが12000のあたりで水平になっているほど、毎日の歩数がほぼ安定していたことを意味する。  先月9月は、風邪をこじらせ歩数0歩の日が4回(←1日中寝込んでいた日)あったりして、平均歩数は2年ぶりに1万2000歩を下回った。今月10月は風邪も回復し順調に歩数を重ねていたが、こちらのデータが示すように10月は、0.5ミリ以上雨の降った日が15回、記録上は0.0ミリだが降水を記録した日が20回という記録的な長雨となり、特に台風接近で外出がままならない日もあり(グラフの左端のほうが低くなっている)、やっとのことで1万2000歩を達成した。
 いっぽう脳年齢チェックのほうも、先月に比べれば大幅に改善しているが、8月に比べると全体として折れ線が上側(高い年齢側)にシフトしており、いよいよ本格的に衰えが始まった可能性もある。

2017年10月31日(火)


【思ったこと】
171031(火)日本行動分析学会第35回年次大会(19)超高齢社会における行動分析学(17)終末期の迎え方(2)

 10月30日の日記で、すでに死の恐怖に陥っている人にとって、死について考えないように行動を変えることはなかなか困難であろうと思われる。この問題に対処する1つの方法として、ACTの発想がある。ACTの推進者の一人、ハリス(2015)は以下のように述べている。【いずれも長谷川による要約・改変】
  • 人生は痛みを伴うというのが現実でそれから逃れる方法はない。人間である以上私たちは遅かれ早かれ弱っていき、病気になり、死ぬ。遅かれ早かれ、拒否や別離死によって価値ある人間関係を失い、遅かれ早かれ、危機に直面し、失望し、失敗する。形こそ違え、私たちは皆、痛みを伴う考えや感覚を経験する。
  • 物質の世界ではある程度コントロールできるが、思考や感情、感覚、記憶などをコントロールするのは簡単ではない。感情をコントロールすべきだという考えは、特に学校生活で強められる。意志によって感情をスイッチのごとくオン・オフできるという神話が隠されている。
  • 不快な思考を取り除こうともがくのではなく、そのあるがままの姿―単なる言葉の羅列であることに気づき、それと格闘するのを止める。脱フュージョンの目的は思考を取り除くことではなく、それを単なる言葉の羅列として、あるがままに見ることであり、それに抵抗することなくあるがままにしておくことである。気分のコントロールに使ってはいけない。

 上掲の要約引用はさまざまな世代に向けられたものであるが、高齢者の終末期においても有用であることに変わりはない。但し、派生する感情反応をすべて言葉の羅列として切り離してしまうべきであると言っているわけではない。人間生活において喜怒哀楽は適応的な部分もあり、望ましい出来事は大いに喜び、愛する人が死んだ時には大いに悲しみ、不正に対しては大いに怒ることにもそれぞれ意義がある。上記はあくまで、現実に適応できず生活に支障をきたすようになった時に適用するべきであろう。

 次回に続く。