じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 岡大西門・西側花壇のハクチョウソウ(白蝶草、ガウラ)が最盛期を迎えている。その名の通り、白い蝶が乱舞するように見えるが、花穂が伸びすぎており、花後の剪定が大変そう。

2016年06月4日(土)



【小さな話題】

モハメド・アリご逝去

 各種報道によれば、ボクシングの元世界ヘビー級王者、モハメド・アリ(Muhammad Ali、ムハンマド・アリ)氏が3日、アリゾナ州フェニックスの病院で(パーキンソン病に関連すると推測される)呼吸不全でお亡くなりになった。74歳。

 モハメド・アリ氏は、私が中学〜高校のころにカシアス・クレイの名でリングで活躍され、ボクシングには殆ど関心の無い私も一度、テレビで観戦したことがあったが、対戦相手は身長2m以上の大男であったがもっぱら防戦にまわり、試合としてはイマイチで、その選手のお名前も完全に忘れてしまった。その後、1976年6月26日に行われたアントニオ猪木と「格闘技世界一決定戦」を下宿のテレビでちょっとだけ観戦したことがあるが、あまり興味がわかなかった。

 ボクシング界で偉大な戦績を残したことは言うまでもないが、むしろウィキペディア等に記されているようなリング外での活動のほうが印象に残っていることが多い。若い頃は、「マルコム・Xと出会いその思想に共鳴。イスラム教にも改宗。ベトナム戦争徴兵も拒否する。」と記されているように反体制的な言動や行動が目立っていたが、晩年はホワイトハウスにて大統領自由勲章を授与されている。アメリカという国がそれだけ大きく変わったのか、それとも、本人自身も変わったのかは、詳しく調べていないのでよく分からない。

 ご冥福をお祈りします、と申し上げたいところだが、冥福という言葉はもともと仏教用語であり、イスラム教信者の方にはどう申し上げるが適切な追悼の言葉になるのかはよく分からない。




向田邦子さん

 土曜日の夜に放送されたNHKとっとテレビ向田邦子さんの話題を取り上げていた。向田邦子さんは1929年11月28日のお生まれで、1933年8月9日お生まれの黒柳徹子さんよりは4歳年上にあたるが、1981年8月22日、取材旅行中の台湾苗栗県三義郷で遠東航空機の墜落事故にて51歳でお亡くなりになった。

 飛行機事故が起こった当時、私は某研究所でサルの実験をさせていただいていたと思うが、テレビを視られる環境ではなかったため、事故が起こったこと自体知らなかった可能性がある。

 この事故に遭った8月下旬の台湾旅行は、本来予定していた中国・シルクロード方面の旅行に代替であったという。シルクロード旅行を取りやめた理由としては、現地の政情が不安定で取りやめたという説もあるが、多磨霊園の情報には、
当初はシルクロードの旅で中国へ行くつもりだったが、旅行社への申し込みの手違いでキャンセルとなり、台湾の高雄への美術館見学、蝶の採集に切り替えていた。
と記されており、そちらのほうが信憑性が高い。ちなみに私自身は1981年1月にシルクロードを訪れたことがあり、タイミングがずれていれば、向田邦子さんご一行と旅行先のどこかでお会いできた可能性があった。

 私自身の、向田邦子さんとの唯一の共通点は、「東京府荏原郡世田ヶ谷町若林(現・東京都世田谷区若林)生まれ。」という点であるが、わずか1歳で宇都宮に転居されたとのことなので、若林小学校のご卒業ではない。私の母親が昭和4年の生まれで、確か目黒高女卒業ではなかったかと思うのだが、確認は困難。もしアルバムなどが出てくれば、ご一緒に写っている写真があるかもしれない。いずれにせよ、四半世紀前に他界した私の実母と同学年だった方のことを語れる黒柳徹子さんはスゴイと思う。