じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 ソメイヨシノの落花とともに新緑の季節がやってきた。写真左はマスカットユニオンから眺めるケヤキの新緑。写真右は先週から設置されている一般教育棟中庭の鯉のぼり。

2016年04月11日(月)


【思ったこと】
160411(月)「宮澤賢治はなぜ浄土真宗から法華経信仰へ改宗したのか」(3)

 昨日の続き。

 こちらのリストから拝聴できる正木先生のお話では、賢治が育った頃の時代は近代化の流れの中で仏教界は揺れ動いており、またその分、宗派を越えて自由にモノが言えた時代であったという。じっさい、賢治が感銘を受けたという『漢和対照妙法蓮華経』を編訳した島地大等は浄土真宗の高僧であり、今であれば、考えにくいことだと指摘された。

 いずれにせよ、この本の影響を受けていた賢治は、妹の看病のため母親と一緒に上京した時にたまたま聴いた国柱会田中智学の講演に大感激し入会を決意したという。正木先生によれば、宮沢賢治と法華経信仰との関係を文学の人たちが論じたくない理由の1つは、一般に「極右」団体とされているこの国柱会に入会したことにあるという。もっとも、日本全体が今よりずっと右寄りであったという当時の時代背景のもとでは、国柱会は必ずしも極右では無かったという点が指摘された。また、賢治と国柱会との関係については、
  • 入会後、一連の法華文学の創作が進んだことは確か。
  • 入会後は終生関わっていた。
  • 国柱会の中には一人も友だちはできなかった。(完全にのめり込んでしまうことはなく、違和感があった)

といった点が指摘された。




 さて、この講演のタイトルになっている「なぜ改宗?」の謎を解くには、まず、当時の仏教界と、それぞれの宗派の特徴を理解しておく必要がある。

 講演(YouTubeその4)ではまず、当時、神仏分離、廃仏毀釈により仏教とって厳しい時代にあったことが指摘された。明治5年には修験道廃止令が出され17万人の修験者山伏が追放されたという。これは現在の人口で言えば70万近い数になる。そうした、日本の近代化の激動の中で生き残れた宗派は浄土真宗と日蓮宗、あとインテリの間では禅宗があるという。とりわけ日蓮系は近代化の中で大成功をおさめ、伝統宗派だけとすると別だが、新宗教を含めると、現時点では半分以上を日蓮系が占めており、一番大きな力を持っていると指摘された。

 浄土真宗と日蓮宗はそれぞれ念仏と題目という違いがあるが、いずれも、簡単明瞭だが威力抜群の唯一絶対の聖なる言葉を持っているという点では共通している。また、浄土真宗と日蓮宗は純粋思考が強く、前者は無量寿経、後者は法華経というように、唯一絶対のものを信仰しているという点で、いろいろな経典をつかう他宗派とは異なっているという。また、(僧侶の荒行は別として)難行苦行を課さない宗派のほうが一般庶民にとって受け入れやすいところがあった。




 ここから先は私の考えになるが、まず一般論として、信仰としての宗教を理解するには、それぞれの宗派の教義上の特徴ばかりでなく、一般民衆がそれをどのように理解していたのか、各宗派において実際にどのような行動が主要な位置を占めていたのか(例えば座禅、祈祷、読経、修行などなど)も知っておく必要があるとは思う。そもそも宗教上の教義は科学的な方法で真偽を実証できるようなものではない。一般庶民により強くアピールでき、それを信じることが強化される(=何らかの救いがもたらされる)ことで勢力が拡大される。但しある程度以上の勢力に成長すると、信者同士の交流が信仰する行動の新たな強化因にもなり、また、家庭内や地域内では他の宗派へ信仰を罰的に統制するような排斥的なシステムが構築され、これまた組織的な宗教活動を維持する力となっていく。そういう点から見れば、上記で論じされていたような、「簡単明瞭だが威力抜群の唯一絶対の聖なる言葉」や聖典を持っている宗派は、あれもこれもアリという宗派よりは一般庶民に受け入れられやすいことは確かであるとは思う。

 もっとも、宮沢賢治のような勉強家が、一般庶民のトレンドに影響されて改宗したとは考えにくい。「田中智学の講演を聴いて大感激し国柱会への入会を決意」という通説についても、それはそうだとは思うが、カルト宗教にあっさりとマインドコントロールされてしまう現代の一部学生とは異なり、それなりに冷静で理性的な判断が働いたはずである。いずれにせよ、法華経信仰が一般庶民に浸透しやすかった背景(一神教的性格など)と、賢治が改宗した原因とでは、レベルが違っていたはず。教義上のどの部分について、浄土真宗では納得できず日蓮宗なら得心がいったのか、という点を明らかにする必要があるとは思うのだが、遺された文書や関係者のエピソードだけからそこまで解明できるのかどうかはよく分からない。

次回に続く。