じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 時計台前の白梅。左奥にある紅梅とともに今が見頃となっている。

2016年02月17日(水)


【思ったこと】
160217(水)『嫌われる勇気』(78)100分de名著(6)劣等コンプレックスと優越コンプレックス

 2月15日の続き。

 放送第2回では、劣等感、優越感に対比させる形で、「劣等コンプレックス」、「優越コンプレックス」について論じられた。
  • 劣等コンプレックス:「AであるからBができない」、「AでないからBができない」という見かけの因果律を立てて人生の課題から逃げようとする→持てない現実を受け入れるしかない
  • 優越コンプレックス:
    • 自分を実際よりも優れているように見せようとする(学歴・肩書きの誇示、高価なブランド品持ち歩き、過去の栄光にすがりつく、自分の手柄であるかのように自慢する)
    • 他者からどう見られているかを非常に気にする
    • 自分で自分についての理想を高くしようとする
    • 相手の価値を貶めることで相対的に自分を優位に立たせようとする(価値低減傾向。イジメや差別もこの一種)
    • 自分の不幸を自慢し、自分は特別であるという劣等感を先鋭化させることで特異な優越性を持つ
 これらのコンプレックスについては、これまで私が接してきた人たちの中にもまさにピッタリというケースがある。他人ばかりでなく、私自身も、おそらく気づかないところでそうした対処方略を使っている可能性はある。

 もっとも、前回も述べたように、歳をとることによって、「できない」という現実に直面することも少なくない。「歳をとったから○○ができない」というのも形の上では劣等コンプレックスと言えないことはないが、同時に、歳をとっているという現実を受け入れるしかないという面もある。優越コンプレックスに関しては、私自身は、他者の目を気にするということは殆どないが、他者との関わりを最小限にとどめるという接し方自体、結果として、他者から評価されない環境に生きることを志向していると言えないこともない。

 どっちにしても、歳をとると最後は、自分の健康寿命をどう維持するか、さらには寝たきりになった時に何を生きがいにできるかという点が主要な関心事とならざるを得ない。同じ年代の人と比べて、自分の病弱さを嘆いたところで、あるいは健康自慢をしたところで、それによって健康増進がはかれるわけではない。

 次回に続く。