じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 連休中、熊本に出かける用事があった。博多〜熊本区間は、新大阪発の「さくら」、「みずほ」のほか、博多以南では「つばめ」が走っていることを今回初めて知った。「さくら」は、岡山〜新大阪間でもたまに乗車することがあるが、「つばめ」は今回、帰路で初めて乗る機会があった。停車駅は多いが、車内は快適。

 「さくら」はもともと、東京発長崎・佐世保方面行きの寝台列車につけられた愛称であったが、九州新幹線開通後に新大阪〜鹿児島中央間を走るようになった。かつて長崎に住んでいた私にとっては、「さくら」が長崎ではなく鹿児島の方に行ってしまうことには多少の違和感がある。

 なお「さくら」は、東京弁と大阪弁ではイントネーションに違いがあり、東京の人は「さくらさくら」の歌と同じようなイントネーションになるが、大阪弁では、映画「男はつらいよ」の諏訪さくらさんの「さくら」と同じように発音しているようだ。新大阪の駅では殆ど諏訪さくらさんのイントネーションが聞こえてくるるように記憶している。今回、熊本駅で注意深く耳を傾けたところ、合成の機械音声のほうは東京弁、駅員さんによる生の声は関西弁のイントネーションになっていた。




2014年9月15日(月)

【思ったこと】
140915(月)日本心理学会第78回大会(7)ACTとマインドフルネス(1)

 今回から、「ACT(アクト)」と「マインドフルネス」に関する話題を取り上げる。この大会では例年になく、これらをタイトルに含む企画が多く、同じ時間帯に同時に開催されるケースまであった。まずは、基本的な理解のために、要点をまとめておく。【シンポ等の配付資料およびネットのコンテンツから引用】
  1. アクセプタンス(acceptance)
     与えられているもの(感情、思考、症状、身体感覚など)、「今、ここ」で経験しているものを、判断を介さず受け取ること。英語のacceptance、あるいは中国語の「接受」は、「提供されたものを受けとる」(場合によっては拒否可能)。日本語の「受容」は対象側から主体への一方的に与えられた後の態度。

  2. マインドフルネス
     ある特定の仕方で注意を払うこと、つまり、目的にそって、当該時点において、無評価的に注意を払うこと。今ここでの経験に、評価や判断を加えることなく注意を向けること。アクセプタンスは、注意、判断判断を避ける、覚醒といった点でマインドフルネスを含むことになる。
     なお、ランダムハウス英語辞典では「mindful」は「心を配る、(…を)忘れない、(身辺に)気を遣って、意識して」というように説明されている。「mindful Japanese people」とは「気配りのきく日本人」。
 また、ネット上のコンテンツによると、「Six core processes of ACT」として、
  1. Contacting The Present Moment means being psychologically present: consciously connecting with whatever is happening right here, right now.
  2. Defusion
  3. Acceptance means opening up and making room for painful feelings and sensations....
  4. The Observing Self
  5. Values are what you want your life to be about, deep in your heart.
  6. Committed action means taking action guided by your values ? doing what matters ? even if it’s difficult or uncomfortable.

という6箇条が挙げられていた。

 このほか、今回のシンポで得た雑学的知識として、
  • Good-Bye, “Feeling Good”-ism! Hello, “Valued Living” with Every Feeling!
  • 慈悲は仏道の根本(スッタニバータ)。慈とは「人の幸福が増えることを願う心」、悲とは「人の苦痛が減ることを願う心」。「慈悲喜捨」の「捨」とは、英語の「equanimity」。偏りなく注意と関心を向けつつ、こだわらず、とらわれない姿勢。

などがあった。

 ということであるが、ACTとマインドフルネスはもともとルーツが異なり、現在はランデブー状態にあるが、近い将来には再び別々の軌道を進んでいく可能性が高い、というのが、全体を通しての印象であった。


次回に続く。