じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 台風8号の影響が心配されているが、7月8日朝の予想に比べると、やや南寄りに進む可能性が高まり、また、台風本体が弱まって暴風域が無くなったことから、少なくとも岡山では、直撃被害は避けられる模様。もっとも、梅雨前線との相互作用により、長野県や山形県など、台風から離れた地域でも大雨被害がありもうしばらく警戒が必要。


2014年7月9日(水)

【思ったこと】
140709(水)長谷川版「行動分析学入門」第12回(4)阻止の随伴性(4)好子消失阻止による強化(2)

 昨日も取り上げたように、「好子消失阻止の随伴性」というのは、「しなければならない行動」と、「したいからする行動」の違いを明瞭に説明することができます。ここでもう一度、賃金労働の話題を取り上げてみます。「働く」行動自体は、定期的に賃金を受け取っていますので、形式上は「好子出現の随伴性」によって強化されていると考えられます。しかし、大部分の人たちにとっては、働くことは任意ではありません。むしろ、定期的に受け取る給料(好子)を消失させないように働いているとも言えます。
  • 【月給あり】→【働く】→【月給あり】
  • 【月給あり】→【働かない】→【月給なし】
これは好子消失阻止の随伴性による強化となります。
 もちろん、十分な額の年金を受け取っているか、多額の不労所得があるという人たちの場合は、働いても働かなくても生活に支障が出ることはありません。この場合は、働くという行動は、給料以外の別の好子(社会貢献、達成、周囲からの感謝)の出現によって強化されていると思われます。高齢者のボランティア的な活動などがこれに相当します。
  • 【何もなし】→【仕事をする】→【好子出現】(役に立つ、達成、他者から感謝)
  • 【何もなし】→【仕事しない】→【何もなし】
この場合は、好子出現による強化となります。

 昨日も引用した、慶應義塾大学での講演「The Non-Punitive Society(罰無き社会)【こちらから無料で閲覧可能】」の中で、スキナーは次のように語っています。【下線は長谷川による】
When we act to avoid or escape from punishment, we say that we do what we have to do, what we need to do, and what we must do. We are then seldom happy. When we act because the consequences have been positively reinforcing, we say that we do what we like to do, what we want to do.
罰からの逃避ないしは回避によってなにかをするときには、我々はしなければならないことをするといいます。そして、そういったときには幸福であることはまずありません。その結果が正の強化をうけたことによってなにかをするときには、我々はしたいことをするといいます。そして、幸福を感じます。【訳は、佐藤方哉先生による、一部改変】
上掲で、「we act to avoid or escape from punishment」のうち、「escape」に相当するのが「嫌子消失の随伴性による強化」、「avoid」に相当するのが、「嫌子出現阻止の随伴性による強化」と、ここで述べている「好子消失阻止の随伴性による強化」を意味しています。また、後半の「we act because the consequences have been positively reinforcing」という部分は、「好子出現による強化」です。

 要するに、世の中には、初めから「しなければならない行動」と、「したいからする行動」が存在しているわけではありません。その違いは、随伴性に依存しています。同一の行動であっても、その行動が「好子出現の随伴性」で強化されている限りは「したいからする行動」となり、「嫌子出現阻止の随伴性」や「好子消失阻止の随伴性」で強化されている時には「しなければならない行動」になるという次第です。




 「好子消失阻止の随伴性」は、私たちの生活では不可避的です。スキナー自身は、それを無くすべきだと主張していたようですが、現実的には、日常行動のすべてを、「したいからする行動」だけに移行させるということは困難であるように思われます。

 まず、上掲の「働く」という行動ですが、完全な自給自足生活であっても、集団生活における互助互酬であっても、「したいからする」だけで構成することは不可能です。

 また、先に「好子出現の遅延」や「随伴性の入れ子構造」のところで述べましたが【こちらの講義メモの3.6参照】、富士山登頂とか、スポーツ大会で優勝といった「大きな好子」を達成するための手段的な行動は、おおむね、「この行動をすれば目標遂行は維持されるが、行動しなければ、目標達成という好子は消失する」という、好子消失の随伴性によって強化されており、義務的となります。

 さらには、「好子出現の随伴性」で強化されていたはずの行動が、いつのまにか「好子消失阻止の随伴性」による強化に転じてしまったということもあります。例えば、大相撲の力士は、少なくとも当初は、相撲が好きで入門したはずですから、「好子出現の随伴性」によって相撲界に入ったと考えられます。しかし、横綱や大関といった定の地位に上がると、その地位から陥落しないようにと必死で稽古しなければなりません。これは、横綱や大関といった地位(好子)からの陥落(好子消失)をくい止めるという、好子消失阻止の随伴性によって強化されていると考えられます。【大相撲の名解説者だった玉の海梅吉さんは、「重い荷を背負って下りのエスカレーターを登るが如し」と語っておられました。もちろん、横綱や大関を維持すること自体には、高い給料や、優勝賞金、ファンからの励ましといった、別の好子出現がありますが。】




 以上挙げた例の中でも示されているように、「好子消失阻止の随伴性」には、メリットとデメリットがあります。

 メリットは、とにかく、必要な行動を先延ばしせず、着実に遂行させるという効果です。締め切りを設定するというのは、その典型例です。締め切りの設定は、
  • 締め切りに間に合うように行動すれば、好子は失われない。
  • 締め切りに遅れるとせっかくの行動は無駄となり、約束されていた好子(単位、報酬など)は消失してしまう。
という好子消失阻止の随伴性になっています。

 いっぽう、デメリットとしては、好子消失を阻止しようとするあまりに、強迫性障害に陥ってしまうリスクがあります。「カギをかけたかどうか何度も確認する」、「答案に名前を書いたかどうか気になってしようがない」などがこれに相当します。【強迫性障害は、「嫌子出現阻止の随伴性」でも起こりえます】。




 以上、「好子消失阻止の随伴性」について述べてきましたが、人は誰でも寿命があり、死と同時に、すべての好子を失うという宿命を持っています。いくら、アンチエイジングなどと叫んで健康食品を買い込んだりスポーツに励んだりしても、最後は死ななければなりません。それゆえ、歳をとるにつれて、この「究極の好子消失」にどう対処するのかが大きな課題となってきます。

 これについては、さまざまな哲学や宗教が、「好子消失阻止」のための方策を提案しています。きわめて大ざっぱですが、以下のようなものが考えられます。
  1. 執着をやめる。これによって、いままで好子であったモノや出来事は好子ではなくなる。好子が1つもなければ、当然、死によって消失する好子もない。
  2. 自分で保有していた好子を、子孫や地域社会に移譲する。こうすれば、自分が大切にしていたものは、自分の死後も消失することがない。
  3. 天国や宗教上価値のある行いを設定する。それらは、自分の生死と独立して評価されるので、死によって消失することはない。
 若いときには利潤追求しか関心が無かったような資産家が、高齢になってから、篤志家に転じたり、宗教に救いを求めたりする背景には、「究極の好子消失」を阻止するという随伴性が働いている可能性があります。

次回に続く。