Topへ

8月26日 ポトシ市内


ポトシ市の標高は4000〜4200メートル前後で、ラパスやチベットのラサを凌ぎ、この規模の町としては世界で最も高い所にある。1987年、ユネスコより人類の文化遺産として登録されている。
 今回はウユニからスクレに向かう途中に立ち寄っただけのこともあり、実質3時間半という限られた時間の中で教会や旧造幣局などを歩き回った。スクレからいきなりポトシにやってきた場合にこんな急ぎ足で歩こうものなら、たちまち高山病にかかってしまうだろうが、我々はすでに5000メートル近い峠を何度も越えてきたため、完全に順応しており、誰一人そのような症状は出なかった。


1
  thm__40827-0130.jpg  
 
2
  thm__40827-0134.jpg  
 
3
  thm__40827-0135.jpg  
 
4
  thm__40827-0141.jpg  
 
5
  thm__40827-0145.jpg  
 
6
  thm__40827-0155.jpg  
 
7
  thm__40827-0326.jpg  
 
8
  thm__40827-0339.jpg  
 
9
  thm__40827-0349.jpg  
 
10
  thm__40827-0402.jpg  
 
11
  thm__40827-0402b.jpg  
 
12
  thm__40827-0402c.jpg  
 
13
  thm__40827-0432.jpg  
 
14
  thm__40827-0434.jpg  
 
15
  thm__40827-0436.jpg  
 
16
  thm__40827-0600.jpg  
 


簡単な説明
  1. ポトシの町に入ったところ。標高の低い地域は、
  2. 町に着いたのは木曜日の12時半頃であったが、街中は小中学生であふれていた。みな、写真のような「白衣」をまとっているが、現地ガイドさんの話ではこれがユニフォームなのだそうだ。
  3. 小学校の前で菓子を売る人。
  4. 街角で談笑する女子生徒(写真右側)。高校生も同じユニフォーム?

  5. この公園には人力の遊具がいろいろあった。黄色い矢印は、人力のメリーゴーランド。上からみて時計回りに回していることを確認。遊具の回転方向については、1998年6月13日の日記参照。
  6. 坂の上から道を降りてくる生徒たち。下校途中であることは分かるのだが、なんという多さよ。
  7. 市場の中。ここでは、キリスト教の行事に使う縁起物などを売っていた。写真左上は、なっなんとビスカッチャ(こちら参照)のミイラ。
  8. 植民地時代の様式を伝えるレトロ風の街並み。ポトシでは、道路に着き出したバルコン(バルコニー)が濃い緑色になっているのが特徴。

  9. 植民地時代に、スペイン人居住地と鉱山労働者の居住地を分けていた門。奥に「富める山(セロ・リコ)をのぞむ。
  10. サン・フランシスコ教会に向かう坂道。
  11. 見事な彫刻が施してある。
  12. 教会に近づく。

  13. 教会の屋根からの見物。さすがに日本では、お寺のてっぺんから景色を楽しむ習慣はない。
  14. 同様。
  15. 教会の屋根から撮った鉱山付近のパノラマ。
  16. 異国情緒たっぷりの街並みは申し分ないのだが、ミニバスの大半は日本製の中古車であり、日本人にとってはまことに奇妙な光景が展開する。中には、車体に日本語の文字がそのまま残っているマイクロバスまであった。写真右のクリーム色のバスは「かわはらいづみ幼稚園 いづみ号」と書かれ、幼児バスの表示まで残っていた。写真右端の別の車は「ダンススクール ダンシングパブ Shall we Dance?」。その下は「エムの ハン ハント...」と書かれてあるようだが、ペンキが一部剥げ落ちていて意味不明。