じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 水仙とサザンカ。12月からずっと咲き続けていたが、そろそろ終わりか。





2月5日(火)

【思ったこと】
_20205(火)[心理]今年の卒論・修論研究から(2)サカナに主観的輪郭は見えるか?

 恒例の卒論・修論リビューの2回目。念のためおことわりしておくが、この連載の目的は、今年度提出された論文についての公式リビューではない。あくまで、論文を査読する中で生じた疑問や別の視点などのうち、一般性の高いもの、つまり、執筆者本人の固有の問題ではなく、後輩や他大学の人たちにとって有益になりそうな情報を提供することにある。それゆえ、紹介する研究の内容は長谷川のほうで大幅に脚色してある点にご留意いただきたい。

 さて、今回は「サカナに主観的輪郭は見えるか」という研究。ここでいう主観的輪郭は「カニッツアの三角形」と呼ばれるもので、下図のA(左の図)がこれにあたる。人間が眺めると、さかさの正三角形が見えないだろうか。本来白紙の部分にも何となく辺のようなものが見えているはずだ。

 ではサカナでも同じような見え方をするだろうか。仮にそう見えたとして、どうすれば実験的に検証できるだろうか。この論文では、例えば「A vs B」、「B vs C」というように2つの刺激パターンを提示し、それらを弁別させる(Aの図形が見えている側を選ぶと餌が貰える)訓練を行った。そして、Aのような主観的輪郭図形が正刺激になっている時に学習が早く進むということを予測した(実際に使われた刺激パターンは、かなり異なっている。念のため)。
[今日の写真]

 さて、それではAが手がかりとして利用しやすいという結果が得られたら、主観的輪郭の証明になるのだろうか。いや、はなはだ不十分と言わざるを得ない。

 まず、サカナが人間と同じような目の構造を持っているだろうかという問題がある。そして、そもそも水中を上下斜めに浮遊する動物においては、凝視点を定めることはできない。ロールシャッハ図版への反応から示唆されるように人間であればまず刺激図版全体を眺めるであろうが、サカナの場合は、図版のごく一部の特徴だけを手がかりに弁別することは大いにありうる、というか、むしろそちらの可能性が大きいという作業仮説のもとに実験条件を設定するべきである

 例えば下図の中心部分を見ていただきたい。Aでは、切れ込みがすべて中央を向いているため、黄色い円の周囲が最も白っぽくなっている。
[今日の写真]

 さらに考えられそうなのは、下のようなケースだ。このように水槽の底面近くを動いた日には、刺激全体ではなく、むしろ3つの円のうち下部中央に位置した円の切れ込みが「下部をい向いているか(下部が白いか)」それとも「上を向いているか(下部が黒いか)」だけを手がかりとして利用できる。とすると「A vs B」や「A vs C」は区別できるが「B vs C」は見分けがつかないので弁別学習ができない。このことを「主観的輪郭が実証された」と誤認する恐れがある。
[今日の写真]

 要するに、人間の目はまず全体がどう見えるのかで判断してしまうが、サカナは、全く別の、部分的な刺激特徴に反応しているだけかもしれない。営巣時のオスのトゲウオが、サカナの形よりも、下半分が赤い物体に攻撃をしかけることが知られているように、人間とは全く別の見え方をしている可能性だって残っている。

 では、どうすれば、さらに検証を進められるだろうか。
  • 中段や下段の図を用いて指摘したような問題点は、切れ込みの角度をいろいろに変化させたり、3つの円の大きさ、切れ込み(欠けている扇型)の広さや形を変えることである程度検証できるだろう。ただしそのバリエーションはあまりにも多すぎ、見通しの無いままに何年も検討を繰り返すほどの価値があるかどうかは疑問である。
  • 「主観的輪郭」の初心に帰り、学習の転移の度合いを調べるという方法もある。例えば、本物の三角形(実際に線分を有する三角形)で事前に訓練をしておくと、図中のAを手がかりとして利用しやすくなるという実験事実が得られれば、少なくとも「主観的輪郭が見えている可能性がある」という程度の示唆はできる。もっとも、主観的輪郭を生じさせるような図形パターンは、「頂点」付近に本物の三角形と共通した刺激特性を有している。その分離は原理的にできないので、厳密な検証は困難であろうと思われる。
  • このほか、人間が「主観的輪郭」図形を見た時には、奥行き(三角形が手前に見える)とか、明暗の差を感じることがある。これを利用することは原理的には可能だが、ただでさえ反応が不安定なサカナにおいて、奥行きや明暗の差のような微妙な手がかりが活用できるかどうか、全く見通しが立たない。
 研究テーマとしてはロマンがあるのだが、現実に成果を出すのは難しい。霊長類や、視知覚の弁別にすぐれた鳥類を被験体として、確実な証拠を出すことのほうが先決だろう。