じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] ブリスベーンにある戸建て型の高齢者入居施設。園芸療法と呼ぶまでもなく、各戸の玄関先には色とりどりの花が植えられていた。裏側(写真右)から見ると長屋風の作りになっていることが分かる。ブリスベンの一般住宅の多くは高床式になっており、長年住み慣れた住宅に近い作りになっているのかもしれない。 [今日の写真]



7月6日(金)

【思ったこと】
_10706(金)[心理]オーストラリア研修(その8)セラピーは目的か、手段か?(その3)有効性の確認できないセラピーは無意味なのか?/アニマルセラピー

 何らかの機能回復や改善を目的としたセラピーの場合、その有効性をどう確認するかが大きな問題となる。しかし、今回のオーストラリア研修、あるいは、最近、園芸療法関係の論文を拝見する機会が増える中で、従来の「有効性」概念には重大な欠陥があるのではないかと強く感じるようになってきた。



 その第一は、実験的介入によりグループ間の平均値を比較する方法(=個体間比較)の問題である。

 例えば、ある薬に治療効果があるかどうかを検証する時には、その薬を投与する実験群と、服用させない(あるいは偽薬を投与する)対照群で、治癒の度合いが比較される。治癒の度合いを客観的に示す客観的指標(例えば治癒率、患部の大きさ、延命日数など)の平均値に統計的に有意な差があれば、その薬は有効であると結論される。

 セラピーの有効性についても、これと同じロジックで、比較がなされる場合が多い。実施前に何らかの心理テスト、脳波、実生活における行動リストなどをチェックしておき、実施後にそれらがどう変わったのかを検討する。セラピーを実施しなかった対照群に比べて有意な変化が認められれば有効性が確認されたと結論されるのである。

 しかし、このような個体間比較の方法には大きな問題点がある。薬のように明確な生理的作用をもたらす場合や理学療法のように身体機能回復の度合いが客観的に示される場合は別として、精神的な効果を狙ったようなセラピーにそのような「万能性」が期待できるものなのだろうか。実験群と対照群の間で有意差があったからといって、「誰にでも有効」という保証はない。100人のうち95人には有効であっても残りの5人には有害になるセラピーがあるかもしれないし、逆に、100人のうち95人には無効でも、残りの5人にはすぐれた効果を発揮するセラピーがあるかもしれない。画一的なやり方でグループの平均値を比較するよりも、それぞれの個体に合わせた、単一事例実験法の手続をもっと導入していく必要がある。要するに、あるセラピーが「誰にでも効くかどうか」などは極端に言えばどうでもよいことなのだ。特定の人間にとって、どういうセラピーが有効であるのかを確認することのほうがよっぽど大切なのである。



 第二の点は、第一に述べた点と一部自己矛盾する内容を含むことになるが、そもそも「有効性を確認する」というのは、あらかじめ「何についての有効性であるか」が確定している場合に議論できることである。ところが、精神的な効果をねらったセラピーの場合には、実施後に想定外の変化が見られることがある。その中にはポジティブな場合もあるし、ネガティブな副作用が生じる場合もあるが、いずれにせよ、対象者の日常生活行動をできる限り幅広く把握し、変化も見逃すことの内容に目を配ることがぜひとも必要である。

 従来の行動分析的手法では、しばしば、1種類の具体的な行動に対する、1種類の介入の有効性のみに注意が向けられる傾向があった。行動を具体的にとらえることには大いに意義があるとは思うけれど、種々の行動の連関にも目を向けながら生活行動全般をグローバルな視点で捉えた上での「有効性」を検証しなければ意味が無いように思う。



 ここで少々脱線するが、先週の土曜日(6/30)、上京時に滞在したホテルでNHKの「ボランティアにっぽん:ジョイと一緒に笑顔を運ぶ」という番組を見た。そこで紹介されていた「アニマルセラピー」の有効性について、上記の議論と関連づけながら考えてみたいと思う。

 番組で紹介された「ジョイ」というのは小林美和子さんが飼っている犬の名前である。ジョイは小林さんと一緒に定期的に特別養護老人ホームを訪れ、痴呆症のお年寄りに撫でてもらうなどのセラピーに参加している。

 このアニマルセラピーは、「日本動物病院福祉協会」がバックアップしており、施設を訪問する際には、爪を丸くする、シャンプーをかける、獣医師による健康診断などの事前チェックが念入りに行われる。皮膚が弱く感染症にかかりやすいお年寄りのためには必要な措置であろう。

 番組によれば、犬や猫を抱いたり撫で回すことは、自分のペットの飼育が禁止され、かつ自由に外出ができないお年寄りにとっては大いに気分転換になるという。また、病院関係者の方は、アニマルセラピーを導入することで「入所者の表情がゆたかになった」と語っていた。

 このようなセラピーは、「有効性の検証」という点では甚だ疑わしいところがある。「表情がゆたかになった」という病院関係者の証言も主観的な思いこみによるものかもしれない。では、何らかの有効性が検証されない限り無意味ということになってしまうのだろうか。

 私はむしろそこに、「有効性」とは別の「強化力」という観点からのセラピーの意義づけが大切ではないかと思う。特定指標で測られる目先の有効性ばかりを議論するよりも、強化力としての有効性をどう整備し、どう多様化していくかということのほうが遙かに大切ではないかと考えている。次回に続く。

7/7追記】 上記のTVのダイジェストがNHKのサイトに紹介されていた。また日本動物病院福祉協会のHPはこちら。サイトを拝見した限りでは「アニマルセラピー」という呼称は使わず、「「人と動物との絆」の理念の普及と、動物介在活動」を掲げておられるように思える。