じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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7月4日(水)

【思ったこと】
_10704(水)[心理]オーストラリア研修(その6)セラピーは目的か、手段か?(その1)

[写真] [写真]  大学改革関連の話題を取り上げていたために4日間ほどあいだが空いてしまったが、6/17から6/24まで参加したオーストラリア研修の話題を引き続き取り上げたいと思う。

 アデレードでレクチャーを受けた「MURRAY WINGプログラム」には、ダイバージョナル・セラピーを初め、実に多様なセラピーや諸活動が含まれていた。一口で言えば、食事や排泄など最も基本的な生活と、個人が自由に行う活動、会話などを除けば、組織的に行われる活動の全てが含まれていると言ってもよいのではないかと思う。
[写真] [写真]

 これらを見学して、「セラピーは手段か目的か」とふと考えた。

 いっぱんに、セラピーというと、心身機能の回復・改善を目ざすものであるとの印象を受ける。ランダムハウス英語辞典によれば、therapyには
  1. (病気の)治療,療法;(特に)物理療法:
  2. 治療[治癒]効果.
  3. =psychotherapy.
  4. 緊張を解きほぐすための活動[趣味,仕事など].
という意味があるが、実際には1.や2.の意味で使われる場合が殆どであり、日本語でも「療法」と訳される。また、岩波国語辞典で「療法:治療の方法」と記されていることから分かるように、何らかの目的があり、その手段として位置づけられていることが分かる。

 しかしそればかりではない。セラピーには「緊張を解きほぐすための活動[趣味,仕事など]」という意味も含まれており、この場合、治療方法としての有効性よりも、それを受けた人がどの程度リラックスしたか、満足したかということのほうが重視される。
[写真] [写真]  若者が交通事故で怪我をしてリハビリを受ける場合は、仕事や勉強に復帰するための手段として位置づけられる。いっぽう、高齢者の場合は、必ずしも手段ではなく、むしろそれをすること自体が楽しみであるような活動が多く取り入れられて当然であろう。となると、どういうセラピーを導入するかということは、回復や改善の手段としての有効性という観点だけでとらえられるべきではない。もっと別の視点が必要ではないか。次回はこのあたりを考えてみたいと思う。

写真の説明(左上、右上、左中、右中...の順で)
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