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じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

1月1日(木)

【思ったこと】

980101(木)
[生活]お雑煮としめ飾り
 大晦日の夜と言えども「いつも通りに寝て、元旦も6時頃には起きる」という規則正しい生活を重視してきた私であるが、今年は、塾の「大晦日年越し特訓」に参加していた息子を迎えに行くため夜中の1時半まで起きているはめになった。
 それでも、目覚めはいつも通り。さっそくベランダから初日の出の写真をとろうとするが、あいにく曇っていて太陽の丸い形を拝むことはできなかった(きのう1/1掲載の「きょうのおかやま」参照)。
 家族はみな寝ている。やむをえず、昨日の年越しそばの残りを暖めて新しい年の朝食とした。そのあと、年賀状の点検に入る。新たに15枚ほど返事を書く。年賀状も、昔からの知り合いからいただくのは嬉しいが、もう10〜15年以上直接お会いしたこともないような別の大学の先生との義理に近い年賀状交換は、どうにも困ったものだ。中には、(1)元旦に先方から受け取って慌てて返事を書く、(2)翌年は失礼にならないようにと12月のうちに投函するが、先方からは元旦に来ない、(3)そこで翌年は出すのを中止すると再び(1)に戻る、という悪循環を繰り返しているお相手もいる。

 昼近くなって、妻や子どもたちが起きてきたので、ようやく雑煮とおせち料理を食べる。彼らにとっては朝食、私にとっては早めの昼食だ。
 ところで、この雑煮だが、我が家では妻の出身地に合わせて北九州風の雑煮となる。だしは昆布とスルメ、餅は丸餅。具は蒲鉾、ホウレンソウ(本当はカツオ菜だったか)、昆布、スルメ、白菜など。
 おそらく、元旦の日記で何人かの方が話題にされるものと思うが、私が生まれ育った東京の雑煮は、これとはまるで違っていた。餅は四角い(東京では丸い餅はお供えものにしかしない)し、すまし汁に三つ葉とサクラエビが入っていた。雑煮と言えば、京都で卒論や修論の実験のために年越しをしていた時、下宿の大家さんから京都風の雑煮をごちそうになったことがあった。これは白味噌仕立てで、あまり具は入っていなかったように記憶している。せっかくのお心遣いだったが、私の口にはあまり合わなかった。そういえば本日、その大家さんから「二人のお子さんのパパ、想像することができません」との年賀状をいただいている。まあそうだろうなあ。あの下宿には12年間も世話になり、ずいぶんと迷惑をかけたものだ。

 雑煮の話題が出たところで、もうひとつ、お正月らしく、しめ飾りの話題をとりあげたいと思う。これまで、東京、京都、愛知、岡山、北九州で正月を迎えたことがあるが、各地のしめ飾りは、お雑煮以上に著しく違っているように思う。こちらが今住んでいる岡山のしめ飾り。こちらは北九州のもの(但し、写真は自家用車用)。北九州のものは、ちょうどクジャク(本当はツル?)が放射状に羽根を広げたような形をしている。実際には、中央にダイダイ(普通は安物のミカン)がついている。東京、京都、愛知は、いずれも、この2つとは異なっていたが、すっかり形は忘れてしまった。長崎のものは確か鳥居の形をしていたように記憶している。いったい全国に何種類ぐらいの形があるのだろうか。またその境界は、県境と一致しているのだろうか。どなたか、関連サイトなどをお教えいただければありがたい。
 ちなみに我が家のしめ飾りは、妻の自家製。クリスマスのリースなどもそうだが、宗教的意味はあまり考えず、ムード作りのための装飾品と受け止めている。
<1/2夜追記>当日アップした日記では、「松飾り」としていたが、新明解辞典で調べたところ「しめ飾り」が正しいことがわかったので訂正しておく。
【ちょっと思ったこと】
【新しく知ったこと/リンク情報(翌日朝まで)】
「行く年来る年」にWeb日記を更新した方は以下の通り(12/31の23:45〜1/1の0:15までに更新された方。但し、1/1の8:40までに再度更新された方は、このリストから外れている。
1月1日の更新報告一番乗りは、何と、「日記界の女王」(←勝手に命名)のななゑさんであった。
【生活記録(翌日朝まで)】
  • お正月ということで、百人一首をやった。妻が読み手。娘はハンディとして、妻が読み始める時に先にカードを見てもよいこととした。結果は、娘が45枚、私が32枚、息子23枚。
  • 夜は「炎のチャレンジャー」のスペシャル番組を見る。
【家族の会話(翌日朝まで)】
  • (息子)数の子って、メンタイの色を抜いて作るんかあ。
※このあいだも「たくあんってどんな野菜?」などと聞いていたなあ。
【スクラップブック(翌日朝まで)】